宮崎風俗求人
小学生、中学生の頃は、友達と学校以外で遊んだ記憶がないし、テレビを見た記憶がないんです。
学校から帰ってきたら、まず学習塾に行きます。
そして英会話学校をはしごして家に帰るのです。
でもまだこれで勉強は終わりません。その日一日の復習をするために家庭教師が自宅レッスンしてくれるのです。
朝8時から夜の11時まで勉強しっぱなし。
睡眠時間は4時間。そのせいで今でも3時間ぐらいの睡眠で生きられるくらいです。
私も中学生までは、そんな生活が当たり前だと思って我慢してきました。両親の期待にこたえるイイ子をつづけてました。
でも高校生になって……ある日、塾へ通うバスの中で突然ナニかがプチッと切れたんです。
バスの終点まで座りっぱなしで、そのまま塾をサボり、そのままプチ家出しました。
当然、最初は両親はカンカンになって怒りましたが、前のように従順ではない反抗的な私に驚き、そのうち何も口出ししなくなりました。
そして私がこうなって原因を、互いの親が互いに責任を押し付けるののしりあいが始まりました。
そんなギスギスした雰囲気の家には、1秒たりともいたくありませんでした。
高1の秋、自活するために年齢を偽ってキャバクラに入店して、夜の道に足を踏み入れました。
当然、女の子のなかでは一番若く、未熟な技しか持っていなかったけど、指名はなぜか取れました。
でも私は、キャバ勤めもうっとうしく感じ始めました。
指名してくれるお客さんは、最後はやっぱりホテルを目指すんですね。それが嫌になって……だったらいっそのこと、Hするのが前提の風俗で働くことにしたんです。
ちょうど高校を卒業したときでした。
その頃に、母親が家を出てしまって。厳しかった父は、すっかり落ち込んでしまって、昔、厳しかった頃の面影がまったくなくなってしまいました。
そんなことにかまわず、親にバレるわけがないと、バンバン風俗誌に顔出しして売りまくっていた私ですが、たまたま家に帰ったとき、父の部屋の机の上に一冊の本を見つけたんです。
風俗誌でした。しかも私が出ているグラビアページのところが開かれて伏せられていたんです。
それを見たときに、生まれて初めて父親に申し訳なくい、という気持ちになりました。
私がどんな仕事をしているか知っているのに、何も言い出せなかったんですね。
この仕事をやめようか迷いましたが、結局は続けている状態です。悪いなぁと、思うのですが……この仕事がなんとなくやめられないのです。いつかは父親に孝行したいと思っているのですが……